【求人】世田谷区の電気工事会社が目指す働き方を社長自らが語る

東京都世田谷区で大手住建メーカーの新築戸建電気工事や、街路灯など官公庁の電気工事を手掛けている株式会社山崎産業です。東京都、千葉県の新築木造住宅の電気工事が主体です。

山崎産業では経験者、未経験者の電気工事スタッフを募集しています。

特に経験者の電気工事士、施工管理(電気工事施工管理技士)の方は高年収が見込めます。一方、電気設備工事が未経験の方でもチャレンジしやすいトレーナー教育の体制が整っています。

電気工事士、施工管理をされている方のなかには職場環境や給料に不満を感じていたり、労働環境に厳しさを感じている方も多いのではないでしょうか。建設業は働き方改革がまだまだ行き届いているとは言えない業界で、昔ながらの”在り方”が慣行されている会社は少なくありません。

しかし、私たちは現場の効率を高め、より多くの給料と休みを社員に提供したいと積極的に働き方の見直しに取り組んでいます!

今回はそのあたりも含め、2代目の社長 山崎に、会社の成り立ちから、山崎が広告代理店の社員から社長になった経緯、これから先山崎産業が目指す姿についてインタビューしました。

世田谷区で電気工事を営む山崎産業の歴史

「街の電気屋さん」から「世田谷区の電気工事業」へ

先代社長の祖父が立ち上げた戸越公園にある小学校の前で電気工事屋さんに父が入社し、1974年(昭和39年)に独立して、奥沢で創業しました。
まだ大型の家電量販店がなかったので、電化製品は街の電気屋さんで買うことが当たり前でした。
この頃の山崎産業はまさに家電を売って修理もして…といった “街の電気屋さん” でした。私が子どもの頃は、1階にあった店舗に家電がズラーッと並んでいましたね。
事務所前に掲げている「Panasonic」の看板は、松下電器の頃からの名残りです。

父が創業した6~7年後、実業家として旋風を巻き起こした宮路年雄氏が創業した量販店「宮路電機」により、多くの電気屋さんが転換期を迎えます。
すなわち、宮路氏が打ち出した”メーカーから商品を大量に安価に仕入れて販売するスタイル” が脚光を浴び、次第に都心にも大型の家電量販店が立ち並ぶようになったのです。
我々のような街の電気屋さんでは価格で勝負する家電量販店に太刀打ちできないと感じた父は、山崎産業を今の電気工事業に切り替えました。
世間の煽りによって、当時、奥沢にあった4軒の街の電気屋さんは、現在、1軒を残すのみです。

 

元は畑違い!電気工事に飛び込んだ社長の異色な経歴

新卒で入社したのは、大手広告代理店

私は中学受験で御三家と呼ばれる麻布学園に入学して、横浜国立大から東京大学大学院へ進み、大手広告代理店の博報堂へ入社しました。
ここへ至るまでに、私には「実家を継ぐ」「電気工事に携わる」なんていう発想は1ミリもなかったですね。

博報堂で配属された部署は雑誌局でした。特に広告ブームだった当時は、企業やハイブランドがこぞって雑誌広告枠を狙っていました。
雑誌の表紙をめくると広告枠があるのですが、クライアントのためにいかに良いページを獲得できるかが広告代理店の腕のみせどころなんですよね。
思いっきり予算を使って世間の注目を集める広告を作っていく戦略が一般的だったので、これ以上にない華やかな場所で仕事をしていたと懐かしく思い出されます。

そんな仕事を毎日24時頃までしていましたが、1996年からは兼務していたデジタルの仕事を明け方までするようになりました。
当時は、デジタルが何なのか…ということすら誰もがよく分かっていない時代で、ピクセルを定規で測る人もいたくらいです(笑)。
急速に拡大したデジタル領域の仕事は思っていたよりも忙しく、家に帰って寝た記憶はないくらい仕事をしていましたし、これからもずっと、そのような生活を続けていくものだと思っていました。

 

父の跡を継いで電気工事業へ。2度の決意

1999年、入社から5年が過ぎた28歳の時、結婚を機に博報堂を退社しました。
結婚を機にというと寿退社のようですが、父の体調が思わしくなく、私が山崎産業の跡継ぎになろうと思ったんです。
ひとりっ子でしたし、これまで育ててくれた父に恩返しをしようと覚悟をして家業へと足を踏み入れたのですが、半年しかもちませんでしたね。どうしても耐えられなくて逃げ出したんです。
2000年にTBSに転職して、モバイルやウェブサイトの立ち上げに従事しました。その後、山手線にニュースを配信したり、ワンセグやデータ放送を立ち上げた後、BS局に異動しました。更にスカパーに出向し、編成を担当し、体を壊して半年でTBSに戻ってきました。こんな調子で仕事は充実していて、もう実家の跡を継ぐことはないと思っていました。

そうして月日が過ぎて迎えた2011年の冬、TBSに戻って営業開発を担当していた頃、両親に呼ばれて「やっぱり戻ってきてくれないか」と言われました。
博報堂にいた頃と同様に仕事に浸る生活をしていたので、最初は実家を継ぐなんて選択は毛頭ないと思っていましたが、何度も何度も両親と話すうちに家業を継ごうと決めました。2013年のことです。

間もなくTBSを退職し山崎産業に入社しましたが、朝だけ出勤した後は、役員などを兼務していたIT企業に向かうスタイル…完全に兼業でしたね。そんな生活をしばらく続けて、山崎産業をメインにしたのは2018年くらいでした。

 

家業を電気工事企業として飛躍させるために…

山崎家の「家業」を、広い世の中ではばたく「企業」へ

山崎産業に腰を据えた時に感じたのは、当然のことながら、これまで働いてきた環境とのギャップです。
何せ「家業」が色濃く残っているので、色々なことが “なあなあ” で進んでいるんですよね。
そこで、“なあなあの良さ” は会社のカルチャーとして守りつつ、山崎産業の存在意義を見つけるために ”なあなあによる弊害” を改善しようと動き始めました。

家業を企業にするために、まず着手したことは働き方改革です。
サラリーマンとして当たり前だと思っていた残業代とか36協定とか……1つ1つのパーツを揃えていくことにしました。
社長なので一気に改革しても良かったのですが、これまでのことをNGとするのではなく、”なあなあ” だからこそ保たれていたバランスを感じ取り、少しずつ慎重に変えていきました。

具体的には、本当に基本的なことです。
役職名に対して役職手当をつけることで役職の意義を明確にしたり、組織として指示命令系統をクリアにしたり、まずは曖昧になっていた、職位・権限の明確にしました。あとは、給料体系を明確にしました。「どうしたら昇給するか」ですね。
その結果、社内の風通しが良くなりました。

 

電気工事士ひとりひとりに経営の感覚を

経営のイメージ

山崎産業は、会社の会計をガラス張りにしています。
私が社長に就任した時に心に決めた「家業を企業に」を実現するためには、経営の悩みを社長だけが感じても会社は良くならないなと感じたので。
私がサラリーマンだった頃は、自分が今、どれくらい稼いでいるのか・今、いくらの仕事をしているのかということをいつも明確に把握していました。
自分がしている仕事は会社の中でどの役割を担っているかを知り、従業員皆が同じ経営感覚を共有することが会社の未来に繋がると思っています。
例えば、社長である私が「経営がやばいな」と言った時に、社員たちとの間で「やばい」の温度感を揃えておくことが必要だなと。

会計管理を公明正大にしたことによって、従業員全員が山崎産業の立ち位置を正確に把握でき、家業を企業に飛躍させるうえで必要なこと感じ取れるようになったと感じています。
実際に、社員が能動的に営業をかけて仕事を取ってきたり、回転率を上げるためにはどうしたら良いのかを考えたり、ひとりひとりが仕事に対して主体性をもって動ける好循環が生まれました。

労働条件の改善としては、有給休暇や残業時間のコントロール等は労働基準法以上の水準で整備できています。
最近は家族を持つ社員が増えているため、家族手当や保養所の利用等、いつも社員を支えてくれている家族にも喜んでもらえることをしています。

 

山崎産業の「電気工事士」の求人概要についてお話します

山崎産業の業務内容

山崎産業の主な業務は下記の通りです。
・新築戸建ての電気工事
・街路灯などの公共工事
・電気工事が関わるリフォーム
・電気自動車の充電コンセントを戸建てに設置する
・世田谷区内で一般の住宅の照明のLED化
・電気系統の設備の交換
・電源の増設
・レイアウトの変更に伴う電気通信工事
・大型イベントや店舗内装に伴う電気工事
・空調や換気設備の設置
・消防設備の設置
・家電製品の販売と設置
・木造新築電気工事
・学校のエアコン入れ替え、電源増設、体育館の照明の入れ替え
・電源の移設及び増設

 

山崎産業が電気工事士に求める資質と、入社3年後までのステップ

分かれ道

山崎産業が求める人材像はとてもシンプルです。未経験の方には、入社後に2つのステップを設定しています。

採用の際は、最初のステップとして、以下の6つのことができる人材かどうかを見極めています。

1.他者に献身的に動ける人、貢献できる人
誰よりも率先して他者を思いやる心を持ち、他者に貢献できる人を求めます。
例えば、朝出社して掃除ができるか、また、誰かが掃除していたら自然と手を動かせるか、次に使う人のことを考えて共通部材を置くことができるかを大事にしたいです。

2.正直な人
嘘をつく人は巡り巡って自分に跳ね返ってくると思っているため、何事にも正直な人を求めます。

3.清潔な人
お客様や他の業者さんとコミュニケーションを図りながら進める仕事なので、最低限の清潔感は必要だと思います。また、身なりは、その人の内面を表していると考えているからです。

4.自己管理ができる人
ルーティーンや規則を守れる人、また、自制がきく人を求めます。

5.適切なコミュニケーションが図れる人
これは主に挨拶ですね。「おはようございます」「お疲れ様です」など、挨拶は仕事以前に人間関係の基本だと思っています。

6.勤勉な人
ケースバイケースですが、例えば同じことを3回質問してしまう人は勤勉ではないなと感じます。誰かに質問をするということは、相手の時間を奪っているなと。
どうしても覚えられないなら、メモ取るなどの工夫ができるかということも大事です。

これらは技術の習得よりももっと基本的な、社会人としての常識だと思うので、入社時に足りていないことがある方には1年間でクリアしていただきたいと思います。
ここまでで、月収25~30万円ほどです。

次のステップでは、100平米くらいの新築木造住宅1棟を8人工くらいでできるようになったり、他社の代理人(管理監督)ができるようになったりという技術的なことを課題としています。
入社3年目までにできるよう目指していただきます。
ここまで来ると月収35万円ほどで、年収換算すると500万円くらいになります。

 

これからの山崎産業は電気工事を軸に進化の歩みを止めたくない

電気とビジネスマン

何度も出てきているキーワードですが、「山崎産業を家業から企業に成長させたい」と考えています。そのためには、会社規模を拡大させる必要があり、経営感覚を持った技術者を育てていきたいです。
私が定年を迎えるまでの10年間で年商を2桁億円にしたいですね。
そして、これからは人口が減っていき、新築戸建ての需要も減少すると見込んでいます。
電気工事は残しつつ、業態転換についても前向きに戦略を立てていきたいですね。